|
昔むかし、神代のむかし。世界には光も闇もなく、ただ混沌だけが渦巻いていた。 混沌の中からやがて天と地が分かれ、後に数多の神の住まいとなる天は高天原(タカマガハラ)と呼ばれた。 そこから最初に現れたのは、天の中心を支配するアメノミナカヌシの神。続いて生命の力を司るタカミムスヒ、カムムスヒの神。まだ海と未分化の流れる大地からはウマシアシカビヒコジの神と、天を支えるアメノトコタチの神が誕生した。彼ら五柱が、世界を支える根源の神だった。 その後次々と生まれてきたのは、土地の神、家の神、境界の神などだった。彼らによって世界の枠組みが定まった時、遂に生まれたのが魅かれあう一対の神である、イザナキの命(ミコト)とイザナミの命(ミコト)だった。 二柱の神に、天は大地の形を整えるべく天の沼矛(アメノヌホコ)を遣わした。 「しかし国土など、どのように形作ればよいものか」 「とりあえずこのどろどろを掻き混ぜてみようよ秀吉!」 「ふむ、承知した」 イザナキの命とイザナミの命は、天の沼矛で流れる油のような大地を掻き回した。世界最古のケーキ入刀かもしれない。 彼らが引き上げた矛の先からは濃い塩水が滴り落ち、それは固まって島になった。二人はその島へ降りると、初めて己の姿を見た。 「半兵衛よ、お前の体はどうなっておる」 「まあまあの出来だと思うけど、何かが足りない気がするよ秀吉」 「我の体は反対に、何かが余っているような気がするのだ」 「欠けた所と余分な所を合わせて国造りをしろってことじゃないかな、秀吉!」 「お前の言う通りかもしれん。では、この天の御柱(アメノミハシラ)のもとでその神聖な行いをしようではないか」 島の中心には、天までそびえる巨大な樹木が立っていた。 「お前はこの柱を右から回って我を探すがよい。我は左から回ってお前を探そう」 「承知したよ秀吉!」 二柱はそう約束すると、互いに柱の周囲をまわり始めた。イザナキの命が歩みを進めると、イザナミの命が全速力で駆けて来て、イザナミの命に正面から飛び付き言った。 「秀吉、セックスしよう!」 「う、うむ…」 正直イザナミの命は恥ずかしかったというかちょっとはしたないな、と思ったのだが、イザナミが可愛かったのでもうどうでもよくなった。 しかしその後、イザナミの命が産んだのは手足の無い神ヒルコと、形の無い神アハシマだった。しょんぼりするイザナミの命にイザナキの命は言った。 「今度は我の方からお前に声を掛けるとしよう」 「分かったよ秀吉…」 二柱の神は再び同じ手順を踏んで柱を回った。今度はしおらしく歩いて来たイザナミに向かって、イザナキは考えた末にようやく言った。 「…結婚を前提に、お付き合いしてください」 「勿論だよ秀吉ィィィ!」 そうしてようやく生まれたのが淡路島、そして四国、次いで隠岐の島、九州、壱岐の島、対馬、佐渡島と生まれ、最後に誕生したのが大倭豊秋津島(ヤマトトヨアキツシマ)と呼ばれる本州だった。 その後、次々に新たな神を産み出して行った二柱の神だったが、火の神を産み落とした時、その炎に腹を焼かれてイザナミは大火傷を負ってしまった。イザナキの歎きは天地を揺るがすほどだったが、祈りも虚しくイザナミは息絶えた。 怒りにまかせて生まれたばかりの火の神の首を斬り落とすと、イザナミの亡き骸を抱いてイザナキは涙を流し続けた。しかしイザナミへの未練は絶ちがたく、イザナキはもう一度イザナミに会うため死者が住む黄泉の国へ向おうと、黄泉比良坂を下って行った。 地の底の国には立派な宮殿が建っていた。イザナキは扉の前に立ち、大声で中へ呼びかけた。 「半兵衛よ、お前と歩んだ国造りの仕事は未だ道半ばだ。我と共に中つ国へ帰ろう」 すると建物の中から、啜り泣くイザナミの声が聞こえた。 「どうしてもっと早く来てくれなかったんだい、秀吉。僕はもう、黄泉の国のものを食べてしまったよ」 「それがどうしたというのだ!さあ、皆もお前を待っているぞ」 言いながら扉を開けようとしたイザナキを、イザナミは鋭く叫んで止めた。 「開けてはいけない!…僕はこれから、黄泉の国の神々に相談をして来よう。でも秀吉、約束してくれ。僕を待つ間、けして扉を開けて中を覗いたりしないと」 「分かった、約束しよう。早く戻ってくるのだぞ」 そう言ったイザナキだったが、刻一刻と時が経つにつれて次第に不安になってきた。イザナミの身に何かあったのではないかという疑念に、遂に彼の自制心は屈してしまった。 イザナキは重い扉を開けた。しかし中の様子は暗くて分からず、彼は髪に挿していた櫛を取ると、その歯を一本折って火を灯し、暗がりに掲げた。そして、思わず後ずさった。 照らし出されたのは、醜悪な獣に取り巻かれて地に横たわるイザナミの、腐って蛆の湧いた変わり果てた姿だった。 イザナミはイザナキの姿を認めると、かっと目を見開き泣き叫んだ。 「ああ、君にこんな姿を見られたくはなかったのに!」 しかしイザナキはイザナミの歎きを聞く余裕もなく、慌てて逃げ出した。黄泉の国の獣たちは、それを見ると一気呵成にイザナキのあとを追いかけた。 坂の途中で追いつかれそうになったイザナキは、髪を結っていた蔓を取ると、獣たちへ向けて投げつけた。すると蔓は地に落ちて根付き、伸びた弦で獣を縛り上げた。 更に逃げたイザナキだったが、今度は死者の群れに追いつかれそうになった。そこで先ほどの櫛を取り出すと、残りの歯を折り醜女たちへ投げつけた。竹で出来た櫛の歯も地に根付くと、次々に筍を生やした。醜女は皆筍を食べるのに夢中になり、イザナキを忘れた。 ようやく坂を登り切り、一息ついたイザナキへ、最後にイザナミが追いすがって来た。 「秀吉、秀吉、大好きな秀吉!」 そう言って微笑むイザナミは、最早イザナキが愛したイザナミではなかった。イザナキは身を翻して走り出すと、洞穴の入り口を大きな岩で塞いでしまった。穴の中から、イザナミが岩を叩いたり引っ掻いたりする音が聞こえて来た。 「どうしてこんな酷いことをするんだい?愛しい僕の夫君、地の底まで僕を迎えに来てくれたんだろう?」 「半兵衛よ、最早我とお前は住む世界を違えてしまったのだ」 それを聞いたイザナミは、小さな声で呟いた。 「…もしもそれが君の本心だと言うのなら、僕は悲しみのあまり君の国の人々を日に千人殺してしまうよ」 「…良いだろう。もしお前が本当にそんなことをするのなら、我はこの国で日に千五百人の赤子を産ませよう。日に千五百の産屋を建てよう」 黄泉比良坂を塞いだ千引の岩を挟んで、イザナキの命とイザナミの命が交わした誓いによって、この世では毎日人が死に、それ以上の人が生まれて来るようになったという。 秀吉:イザナキの命、半兵衛:イザナミの命 |