1 2 月 3 1 日


「お聞き下され毛利殿!某が以前申し上げましたる通り大学と言いますはまっこと面妖なる習俗の罷り通る場でありまして、」
「そう急かずとも聞いておる。まあ蜜柑でも食って落ち着くがいい」
「有難き幸せ!おお、これは見事ですな!」
「うむ。愛媛からのお取り寄せという奴だ。遠慮せずに、ほら」
「…甘うござるー!!」


「…おい、真田は現代語を習得したんじゃなかったのかい」
昆布と椎茸の出汁と醤油のかぐわしい香りの溢れる鍋を掻き混ぜながら元親は問うた。
「外では大抵使えてるぜ?毛利サンが相手だとどうにも地が出るみてえだがよ」
無駄に片手を腰に当て、大鍋で蕎麦を茹でながら政宗は答えた。タイマーに目をやり、一本の麺を摘むとつるんと食べる。
「こんなもんだろ。チカ、ざるってどこだ」
「はいよ」
シンクの下から取り出したそれをひょいと渡すと、政宗はthanks!と応えて鍋を流しへ移動させた。ざっと中身をざるに空け、冷水に晒す。

背後からは紅白歌合戦の音声と、ぬくぬくと炬燵に入ってそれを観る二人の話声が聴こえてきた。いかにも暖かそうで楽しげで、足元の冷えるキッチンからはちょっとした異世界に見える。
「まさかこの年になってお袋の気持ちを知るとは…」
「Shut up!それ以上言っても侘しくなるだけだ」
ことあるごとに料理係に任命される政宗はもう諦め顔だが、まだ元親は未練があるようで、はあと溜息を吐きながらつゆの味を調える。
「おい、飲んでみろ」
「ん」
お玉を受け取って一口付けた伊達は、カッと目を見開いて半ば叫んだ。


「うっす!」
「はあ?普通だろ」
「いやいやいやこれはねえだろ!出汁の味しかしねえよ!醤油どこ行った!」
「んなこと言ってもうちはこんなだぜ?なあ元就」
援軍を呼ぼうとした元親だったが、幸村との会話にかまけていた元就は前半を聞いていなかった。呼ばれて振り返り、お玉を持った元親を見るなり冷酷に命じる。
「元親!真田が飢えておるぞ、早う支度せぬか!」
元親の肩が目に見えて落ちた。

「真田のせいにしててめえも腹減っただけだろうがよ!」
「某はいつも空腹でござるぞ!」
「ああもうお前は良い子だなあちくしょうめが!」
「…俺んだぞ?」
「シャラップ!」
結局炬燵に運ばれてきたのは、元親と政宗が双方に歩み寄りを見せたような見た目と味の蕎麦だった。食べている間、元親が故郷の「年越しうどん」の文化を披露し、残り三人に(仲間と信じていた元就にまでも)否定されるなどの紆余曲折もあるにはあったが、およそ平和な食卓だ。


男四人で年越しをするこの珍妙な光景は数年前から続いていたが、なかなかどうして居心地が良い。恥ずかしながら「カップル二組」という数え方が順当なのだろうが、それだけでは終わらない安定感がなんとなくある。
食後のアイスまでもぺろりと平らげた幸村は、蛍の光の大合唱を聴きながらぐるりと三人の顔を見渡して笑った。
「今年もそれぞれ沢山の事があり申したが、大きな怪我も病もなく過ごせてようございました」
時を違えず紅白は終わり、荘厳な雰囲気で寺の鐘が鳴る。各地の寺には大勢の参拝客が詰め掛けていて、年の瀬の押し迫った感もここに極まる。
「そうだな」
短く、しかししみじみと政宗が応えたのは、たっぷりと時間を置いた後だった。

テレビの右上にデジタル時計が映る。10、9、8、7…カウントダウンが始まると、自然に皆身を乗り出す。今年も長かったような、しかし今になってみると短かったような、不思議な気分だ。来年はどんな年になるのだろう。
『明けましておめでとうございます』
「今年も宜しくお願い致す!」
「せいぜい我に迷惑をかけぬように」
「年明け一発目からそれかよ」
「Hey, 初詣どうする?」
夜中の出発に目を煌めかせて問い掛ける政宗に、元親もにっと笑った。

「歩いていつもの神社もいいけどよ、車乗って遠出もいいな」
「…ついでに初日の出を拝むというのはどうか?」
「お、毛利サン良いこと言うじゃねえの」
海が見とうござる、いやここは富士山であろう、馬鹿言え年始の富士山は暴走族の溜まり場だ、しゃーねえなジャンケンでもするか?わいわいと弾む会話の中で、彼らは一様に今年も楽しくなりそうだ、と思ったのだった。