1 月 1 日


ぴんぽーん、と間の抜けたチャイムの音に佐助は振り向くと、ざっと手を洗ってタオルで拭きながら玄関へと向かった。インターホンで応対するまでもない。ついさっきもうすぐ着くと電話があったし、正月一日から用も無く人の家を訪ねるような輩は何かの配達以外に無いだろう。
扉を開けると果たしてそこには予想通りの二人が並んで立っていた。
「明けましておめでとうござりまする。今年も宜しくお願い申し上げる!」
「HappyNewYear! これ土産とポストの中身。年賀状多いな」
「おっありがとねー。こちらこそ宜しくお願い致します」


「…玄関先で何やってんだ。早く上がれ」
和服姿の小十郎が居間から出てきて、ようやく新年の来訪者二人は片倉家の敷居をまたいだのだった。
「やはり片倉殿は和服がようお似合でござるな!」
「さすがに毎日着てるわけじゃねえが、やっぱ正月ってなると気合いが入ってな」
喋りながら小十郎が居間への扉を開けると、とたんに雑煮の匂いが漂ってきた。
「ほらな、朝来て正解だったろ?」
幸村を顧みてにやりと笑う政宗へ幸村は「まことにござるな!」と同調したが、台所から盆を運んできた佐助は笑って言った。
「何言ってんの、正月なんて御節と雑煮の繰り返しだよ。いつ来たって一緒」

そう言えばそうだった、と絶句する政宗をよそに、佐助は大ぶりの器に入れた雑煮を四人分炬燵に並べた。
「ほら二人とも冷めないうちに、コート脱いで手ェ洗ってきな」
「おい、ハンガーどこだ」
「いいよ俺様かけとくから」
さっそく大きな子どもたちの世話を焼き始めた佐助に目を細めながら、小十郎は座椅子に腰かけ炬燵に入り、テレビのチャンネルなぞ回してみる。しかし佐助はといえば二人分のコートをハンガーに掛けて来るなり台所と炬燵を行ったり来たり、忙しく立ち働いていた。
「佐助、何か手伝うか」
「あーそしたらお酒の準備してよ」
漬け物皿を並べながら言う佐助に、合点承知とばかりに炬燵を這い出すと、小十郎はいそいそと酒の入った戸棚に手を伸ばした。


とりあえず二合ほど燗を付け、徳利に移して炬燵に戻ると政宗も幸村も着席して待っている。小十郎が座ったのに気付いたのか、佐助が「先食べてていーよー」と声をかけたが、三人ともテレビの駅伝を見ながら待っていた。
「はいお待たせしました、と」
ちょっとした小鉢料理を持って佐助が台所から戻ると、小十郎は徳利を取り上げ佐助のお猪口に屠蘇を注いだ。政宗と幸村にも注ぎ渡ると、ようやく四人は新年の挨拶を言い交わしながら日本酒に口を付ける。
座る位置といい役回りといい、すっかり小十郎が世帯主である一家の様相を呈しているのだが、それがまたしっくり来るものだから誰も異議など申し立てない。強いて言えば自分が政宗よりも上位になることを気に掛ける小十郎が時々躊躇する程度である。だが「今年も一年何事も無く過ごせるように」などと真面目な顔をして屠蘇を注ぐ様はどこからどう見ても古式ゆかしいお父さんだった。

「お餅だけど、小十郎さんと幸のが三つで俺と伊達サンのが二つだから。足りなかったら言って、まだまだあるし」
毎年恒例で送られてくる越後の餅は、段ボールに入れて保存してあるものだけでもかなりの数だ。二人が帰る時に大半を持って行って貰えば、餅達は幸せに幸村の腹の中へ収まるだろうと佐助はこれまた毎年恒例の算段をする。
「うむ、やはり佐助の味は落ち着くな!」
「昨日の蕎麦とか薄いったらありゃしねえ、なあ幸村」
「今年も毛利達の所へ行ったのか?」
箸を休めながら小十郎が問えば、政宗はYes!と答えて雑煮の汁をすすった。よっぽど元親の味付けが気に食わなかったらしい。

「某は、あれはあれでおいしゅうございましたが」
「不味いとは言わねえけどよ、汁が透明の蕎麦なんて落ち付かねえ」
「まあ、二人とも西の人だからねえ」
笑いながら佐助は酒の追加に立ち上がる。「お代り要る人〜」と問いかければ、無言で三人分の椀が付きだされて佐助はまた笑った。自発的なお手伝いに幸村も立ち、政宗の椀を引きうけて台所へ向かう。佐助から追加の餅と少々の汁を貰って炬燵に戻ると、既に小十郎と政宗は注しつ注されつの状態になっていた。

「あんまり飲み過ぎんじゃないよ、二人とも」
呆れ顔で座った佐助から徳利を受け取ると、小十郎は「正月に飲み過ぎねえでどうする」などと言いながら佐助の猪口に勝手に注ぎ足す。その様を見ていた政宗がけらけらと笑い声を上げた。
「真田も飲むか?」
「では、お願い致す!」
意外と酒に強い幸村がずいと猪口を突き出せば、小十郎の機嫌はいや増した。少々困り顔ではあるが、佐助がそれを嬉しそうに見ているのを見て、幸村は何とも言えない充足感が胸の中に満ちるのを感じた。


「二人とも初詣はもう行ったか」
ふとした小十郎の問いかけに、正面に座った二人は同時に頷いた。
「チカ殿の車に乗せて頂き、四人で遠出を致しました!」
「ゆく年くる年が終わってから家を出て、神社に行って、そのまま喫茶店で朝まで待ってな」
「海から昇る朝日を見て参りました!」
きらきらとした表情で話す幸村からは、よっぽど嬉しかったのだろうという気迫が伝わってくる。
「そりゃ新年早々いいもん見たねえ」
あらかた片付いた雑煮の椀を盆に乗せつつ佐助が言うと、「佐助たちはどこへ行ったのだ?」と幸村が聞き返した。

「いや、俺様たちはまだ」
「行っておらんのか!」
まるで大事件であるかのように幸村が言うので、むしろ佐助が気圧されて驚いた。
「あのねえ幸、松の内に行きゃいいんだからそんなに急がなくたって」
「だがしかし…」
言葉を濁す幸村に、やりとりを聴いていた小十郎が猪口を置いて言った。
「そんじゃ俺たちは明日行く。政宗様たちはどうなさいますか」
「ah〜?別に減るもんじゃねえし、もう一回くらい行っとくか。なあ幸村」

隣を見ながらそう言えば、意外にも幸村は困り顔だ。
「箱根駅伝と新春時代劇が…」
「録画すりゃいいだろうが。別に時間ずらして行ったって構やしねえし」
呆れながらの政宗の言葉に、時代劇は録画できますれども駅伝は生で見てこその臨場感が云々、などと幸村は尚も煩悶する。しょうがなしに政宗がテレビ欄を見ながら「時代劇を録画して駅伝のゴール後に出かける」という提案をすると、ようやく安堵した幸村は更に餅の追加を所望した。
その様子を酒を片手に眺めながら、小十郎と佐助は楽しそうだ。笑う門には福来る。今年もこんな調子で過ごせりゃいいなと政宗は、きなこのついた幸村の頬を眺めながら思った。