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空に向かってばさりとワイシャツを広げ、元就は眉間に皺を寄せた。この大きさは理不尽だ。たかが布一枚だというのに妙な圧迫感さえ感じる。ええい小癪な、とフローリングに投げ捨てれば、真っ白なそれは空中を僅かに滑って板張りの上に蟠った。 ふん、と鼻息も荒く物干し竿へ向き直れば、まさに元親のTシャツが、風に煽られ前に掛けられた元就のカットソーに絡みつかんとするところだった。 不埒者めが!と口に出しつつカットソーを救出し、その他の洗濯物も回収する。初春の風にそよく衣類は実に気持ちよさそうだったが、無慈悲な元就の手によって次々と捕らえられ、固い木の上に放り投げられていった。 ぴしゃんとサッシの窓を閉め、床に座って改めて、元就は理不尽なワイシャツと対峙した。くたくたと力無く摘み上げられた様子はいかにも情けない。後ほど焼きごての刑に処さねばならぬ面倒さも相俟って、元就はその薄い布を憎しみの視線で睨み付ける。 図体ばかり育ちおって、と吐き捨てながら袖を左右に伸ばしてみる。よりその大きさの理不尽さが際だつ。開いた合わせ目の間から2XLのタグが見える。因みに元就はMである。 遂に耐えかねて元就は、ばっさばっさとワイシャツを振り回した。これは皺を伸ばしているのであり、けして稚気による八つ当たりなどではない。 瞬間、元親の匂いがした。思わず手を止めた元就は、おずおずとワイシャツの首のあたりに鼻を寄せる。柔軟剤の香りに紛れてはいたが、やはりこれは元親のものだ。適当に手繰り寄せた自分のシャツも嗅いでみたが、同じ家に住み同じ物を食べ同じ床で休み同じ石鹸を使っているというのに、洗濯してまで主張するこの匂いの違いはなんなのだろう。 戯れに、服の上から大きなワイシャツを羽織ってみる。手の甲までをゆったりと隠すその袖で顔を覆ってみると、何とは無しに眠りにつくベッドの中を思い出した。窓越しに射す暖かな日の光と、体を包む自分以外の人の匂い。元親の匂い。 ころりとその場で横になれば、洗い立ての洗濯物と、それらが含んだ太陽のぬくみが元就の体を受け止めた。両袖で顔を覆ったまま、小さく膝を抱くように寝ころぶ。暖かい。気持ち良い。安心する。元就は、とろとろと自らを押し包む心地よい眠気に、無抵抗で意識を手渡した。 何度インターホンを押しても中から反応が無いので、元親はしょうがなしに鞄を引っかき回して鍵を出した。玄関を入ると室内に火の気は感じられず、元就は在宅しているものだという当てが外れた元親は、首を捻りながらリビングへの扉を開けた。 そこで目に飛び込んできたものに、元親は思わず浮かぶ笑みを堪えきれなかった。元就が眠っている。洗濯物の海の中で、なぜか自分のワイシャツを着て。 元親はフローリングに座り込んだ。そして、腕の合間から見えるあどけない寝顔を眺めながら、静かな幸福を噛みしめたのだった。 |